未確認で進行形で備忘録

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脚本起こしとハコ書きの違いについての「わかりきったこと」

 脚本起こしというものを初めてやってみて発見したことが少しあり、時間が経って言葉に出来るようになったので書いてみる。

 発見したことの一つは、何故プロの人が完成品の映像を分析するために脚本を丸ごと起こすことはせず、「ハコ書き」という簡略化したプロットと脚本の中間物のようなものを起こすのか、だ。単純に時間と労力の問題でもあるだろうけど、この二つにはまったくの違いがある。

 そもそもR.O.Dの一話で脚本を起こした動機は「倉田英之の脚本を読みたいけどその類で手に入るのは『かみちゅ!大全ちゅー!』というムックに収録されたCDドラマ脚本だけで、映像用の脚本は手に入りにくい、ならば自分で書いたるか」という謎の思いつきだ。倉田英之による脚本が読みたいんじゃなかったのか?バカか?いや、何かしら映像を見る上でヒントになることもあるだろうと思ってはじめたことでもあるけれど。

で、割と早くに後悔しはじめた。というのは、これが演技に凝りに凝る舛成孝二監督のコンテ演出回であり、しかも一話というだけあってお金があるのか細かいこだわりがハチャメチャに多いからだ。そしてそんな細かいこだわり、つまりアニタやマギー、ミシェールにねねねの小さな演技の一つ一つがシナリオ的にも重要なものに思えてきてしまう。何がどうしてこんなにアニメR.O.Dに惹かれていたのかはよくわかり、それはそれでハイパー有意義だったのだけど、今回はどうにも困ってしまった。要するに見ている映像のどこまでがテキスト構想由来のもので、どこまでが映像構想由来のものなのかがわからないのだ。

 だから多分プロは映像からテキストを起こすとき、「ハコ書き」のレベルに留めるのだ。ここからはアマチュアの推測だけど、特にアニメでは脚本というのはイメージとテキストの中間にあるものだ。スタッフが共有しているイメージを脚本家がテキスト化する。それはテキストとして完成されてはいけないし、次の具体的イメージ化への道標になるものでなければならない(勿論テキスト以前のイメージから出発する作家もいらっしゃるけれど)。

 完成された映像からテキストを抽出すること、とりわけ元の脚本を抽出することは難しい。もともとイメージとテキストの間を漂っていた脚本が、一度イメージに埋没したのだから、それをもう一度掬い上げることなんて完全に無理。やるまえに気付け。

 「ハコ書き」を起こす目的は映像からテキストとしての祖形を掬い上げるのではなく、完成した映像をそのままざっくりとテキスト化する営みなんだ。輪郭もあいまいな映像中のテキストを探すより、映像そのものをテキストとして読んで写すほうがずっと良い。

 頭ではわかっていたことだけど本当に無理なんだと身に沁みてわかった。でも出来上がった起こしはこれはこれで色々(自分で読むには)面白いし、別にいいかという気持ちもある。

 まぁ倉田英之脚本集とかスタジオオルフェ脚本集とか出てくれたらこんなことはしなくてよかったんだけど。出してくれ倉田英之脚本集。もしくはR.O.D書いてくれ。いやください。

R.O.D-THE TV-一話の脚本起こし

ひと月に一回は必ず見るのがR.O.D-THE TV-の一話から三話。死ぬほど何度も見てるんだけど、なぜか見るたびに面白い倉田舛成コンビの金字塔(僕調べ)。

見ながら何となく脚本に起こしていき始めたら意外と大変だったけど、見てるだけでは全く気付かないことが結構あった(視聴モードの僕がシンプルにポンコツなだけかも知れんけども)。

あくまで中心の軌道はねねねとアニタの関係なわけで、そういう話なのにアニタを最初から出しちゃうとミシェールとマギーのキャラクターが薄くなる。だからアニタは最初お留守番。

羽田から飛行機に乗ったねねね先生。そこで自己紹介のモノローグを入れてもいいんだけど、それは三姉妹との交流のなかでやる。次のカットでもう台湾。OVAでも日本にいた読子が一瞬でイギリスに移動していたりする。映像のリズムではそれが正解なのは見てて面白いから僕らはわかってるけど、多分文面だと大丈夫かコレって思う。この辺が文面上の生理と映像の生理の違いなのかな。

モノローグが要らないのは何しろなかなかトチ狂った名前だから「ぬぬぬじゃねぇねねねだ」のくだりで一発で名前を記憶できるし、パーソナリティや過去を吐露するイベントはアニタとの関係を発展させるために取ってあったり。

あとミシェールが口を開けば必ず失礼でヤバすぎる。

他にも色々あったけど、メモし忘れた。

 

○イメージ空間(未来)

  モノクロの空間。紙が舞い、影で出来たキャラクターの像が現れては消える。

ねねね「アンタ、あたしの本の何を読んできたの?」

マギー「姉さんに比べれば全然だ」

ミシェール「大丈夫、必ずあなたを守ってあげる」

アニタ「ただいまー(ハッとして)」

倒れているアニタ。囲むミシェール、マギー。

ミシェール「ごめん……ごめんね……」

 

○空港

座っているねねね。その前に編集者・李さん。

李「滝浦先生の原稿がやっとあがりそうで。御一緒できなくて、すいません」

ねねね「(少し笑いながら)現役で書いてる人の方が大切だもんね」

李「(困って)いえ、そういうわけでは……」

ねねね「冗談」

  立ち上がるねねね。

ねねね「記者会見とサイン会だけでしょ」

  歩いていくねねね。李はそのまま。

李「向こうの空港で、ガイドが待ってるはずですから」

ねねね「おっけ~」

  後ろ手に手を振る。

 

○飛び立つ飛行機

  空港の屋上に李がそれを見上げている。

李「ちゃんと帰ってきてくださいよ……おっと」

  タバコと間違えペンをくわえそうになる(李は禁煙中)。

 

○飛行機・中

  席に座り窓の外を見ながら、ペンダントを指で弄ぶねねね。

 

○香港・空港

  旅客機が並んでいる。

 

○空港・内

  混雑している人ごみのなかを歩くねねね。

  そのなかに、一人おおきな紙を掲げているのに気づく。『歓迎・菫川ぬぬぬ先生!』

  すぐさまそこまで歩いていき、紙をバシッと叩く。

ミシェール「あらっ、あららっ」

  よろけるミシェール・チャン。紙をおろし、目の前のねねねを見てパッと笑顔になり

ミシェール「菫川先生ですか。ガイドのミシェール・チャンと申します。24歳です。好きな本は、ハリー・ポッターシリー……」

  ねねね、ズビシ!とミシェールの顔に指をさす。

ねねね「私はねねね。菫川ねねね!」

ミシェール「は?」

  紙を指さし、

ねねね「これはぬぬぬ!」」

ミシェール「ぬぬぬ……?ねねね……?(紙を見て)あらら~」

  さっさと歩いて行ってしまうねねね。

  ミシェール、あわわとなり、自分の頬をつねる。

 

○空港・外

  車を待たせてある空港の玄関口を出てくるミシェールとねねね。道路には車が置いてある。

ミシェール「まずは、ホテルへご案内します」

  ミシェールが車のドアに手をかけるが、開かない。困った表情でなかを見る。が、誰もいない。はァ、と呆れた様子のねねね。

ミシェール「マギーちゃーん。マギーちゃーん」

マギー「ここ……」

  と、ねねねの後ろから背の高い女性が。マギー・チャン(19)である。

  マギーの顔を見上げるねねね。

ミシェール「どこ行ってたのーもー」

マギー「おしっこ……」

  ミシェール、マギーに駆け寄り

ミシェール「先生に失礼でしょ!(マギーを紹介する風に)運転します。マギーちゃんです。無口で、無愛想で、おっきくて、好きな作家はヘミングウェイで、あんまり女の子っぽくありませんが、とってもいい子です」

  言いながら、マギーのポケットから鍵を取り車のドアを開ける。

マギー「姉さん……」

ねねね「姉さん?」

ミシェール「(笑顔で)はい。私たち姉妹なんです。仲良しの」

ねねね「ふーん」

  マギーが後部座席のドアを開けて

マギー「どうぞ」

  ねねね、後部座席に座る。

マギー「先生の本も……」

ねねね「?」

マギー「(照れた表情で)ヘミングウェイも好きですが……先生の本も大好きです」

ねねね「(はぁ、という表情で見上げながら)ありがとう」

 

○橋を走る車

  運転席にマギー。助手席にミシェール。後部座席に座るねねねは手足を投げ出して脱力気味。

ミシェール「映画化ということで、日本でも話題になっているんでしょう?」

  笑顔で後部座席に振り向いているミシェール。 

ねねねは窓の外をぼーっと見ている。

ねねね「別に……あの本出たの、もう4年も前だし」

ミシェール「はぁ……」

ねねね「あれからもう、一冊も書いてないし」

ミシェール「そうなんですか……」

ねねね「日本じゃもう、忘れられた作家なのよ」

  息詰まる社内の空気に、しゅんとなっているミシェール。が、パッと外の風景に気が付き、

ミシェール「あっ、香港島!あそこに見えるのが香港島です。その隣が、九龍半島です!」

  香港島と、九龍半島が並ぶ美しい風景。

 

○ホテル前に駐車している車

  の、中でスケジュール帳を見ているミシェール

ミシェール「打ち合わせまでゆっくり休んでください。最上階の、スイートルームです」

ねねね「ふーん」

  ゆっくり発進する車。

  車に揺られて、相変わらず気だるそうに最上階を見上げるねねね。と、突然その最上      

  階が爆発!

  驚く3人。マギー、車を急発進!ギュルギュルとタイヤの摩擦音を鳴らしながら降ってくる石材の破片を避ける!激しい運転にねねねがよろける。

ねねね「ぐぅ!」

  急ドリフトに急ブレーキ!目の前に落ちた燃えているキッチン。

  滅茶苦茶になった車内で、ぐったりしているねねね。ミシェール。マギー。

  救急車と消防車のサイレン音。

 

○警察署・内

  並んでソファに座っているミシェール、ねねね、そして気の弱そうな香港側マネージャー。ミシェールの後ろにはマギー。

刑事「『小賢しい日本のメス犬。駄文と共に地獄に落ちろ。恥知らずの映画会社も猛省せよ』。犯行声明でしょう。名前は書いてませんが。遅れて幸いでしたな」

  ねねね達の前に机を挟んで立っている刑事。厄介な事件だ……といった様子。机に文面の書かれた紙を置く。

マネージャー「一体だれが……」

刑事「反日感情の強い、イカれた奴だと思いますが……」

  ミシェールが、そっと紙を見ようと手を伸ばす。

  刑事が紙の上にバンッ!と手を置いて

刑事「……心当たりは?」

  ねねね、腕と脚を組んでどっしり構え、

ねねね「ないわよ」

  シーンとなった部屋。

奥に座っていた署長が、

署長「どうします……明日は」

刑事「(座って)中止でしょう、当然」

マネージャー「そうですね……先生の安全が第一ですし」

ねねね「イヤよ」

  ねねねの言葉に「は?」となる一同。

  変わらずどっしり構えているねねね。

ねねね「ここで尻尾をまいて帰ったら、その馬鹿に負けたことになるじゃない」

マネージャー「しかし……」

ねねね「馬鹿に馬鹿にされて黙ってられる?」

刑事「あなたのワガママに警護をつけろと?」

  ねねね、バシッと机を叩き

ねねね「ワガママァ!?何がワガママ。これはワタシのプライドの問題よ」

  ズイッと刑事に寄るねねね。

ねねね「この野郎はね。ワタシの本を暴力で抹殺しようとしてんのよ!それに警護なんて期待しちゃいない。デビューから10年間、こんな馬鹿に追っかけられっぱなし……でもね!一度だって屈したこと無い!」

  驚いているマギー、ミシェール

ねねね「とにかく!明日はサイン書きまくってやるわ!」

  机に足をドンッと乗せる。拳を握りしめ

ねねね「来るなら来い!犯人の顔に放送禁止マーク書いてやる!!」

  ……パチパチと拍手の音。

ねねね「ん?」

  ねねねが横を見ると、泣きながら拍手しているミシェールが。

ミシェール「それでこそ作家です。なんて男らしい!とても女性には思えません」

マギー「姉さん……」

ミシェール「(立ち上がりながら)明日の警護、私たちも参加させていただけませんか?」

  感極まった様子で

刑事「アンタらガイドだろ?」

ミシェール「危険は承知です!でも、菫川先生をこのまま放っておけません。この命に代えても、お守りする次第です……マギーちゃんが」

マギー「え!?」

  マネージャーの携帯電話が鳴る。

マネージャー「はい……はい……しかし……」

  相手は続行をすすめている模様。

  ねねね、うなだれるマギーと、その肩をポンポンと叩くミシェールを見る。ミシェール、ねねねの方を向き、笑う。マギーも照れ笑い。

  ねねね、柔らかい笑顔に。

マネージャー「はい……了解しました」

  ピッと電話を切るマネージャー。

マネージャー「あのぅ……予定通り行うことになりました。こちらでも警護の者を用意し

ます」

  ねねね、どうだ!と言わんばかりにソファにドカッと座る。やれやれ、といった様子の刑事。

マネージャー「先生には、新しいホテルをご用意して……」

ミシェール「(手を挙げて)ハイッ!いい考えが」

 

○夕陽の香港

 

○薄暗い石造りのマンション

  天井にはパイプ、壁には破かれたポスターや無造作な配線。暗い階段を昇る3人。

ミシェール「足下に注意してください」

ねねね「ここにあるの、アンタ達の家」

  部屋のドアに辿り着く。表札に『三姉妹探偵社』とある。

ねねね「探偵……?」

  「え?」という表情、そして「ああ!」と気付き

ミシェール「こっちが本業なんです。人や猫や本をお探しでしたら、ご相談ください」

  ミシェール、ドアノブに手をかける。が、ドアがガタガタと震えて、内側からの圧力に耐えている様子。

  マギーがさっとねねねを抱き寄せる。

  バキッという音がしてなかから大量の本が雪崩れる!階段まで本だらけ。

ミシェールブックドラフトです……今月もう5回目……」

  驚いているねねね。廊下に出来た本の山から何者かの手が突き出ているのを見つける。その手を掴み、引っこ抜く。

  ズボッ!と抜け出てきたのは小さな女の子、アニタ・キング(13)。

ミシェール「末っ子の、アニタちゃんです」

アニタ「本なんて……大嫌いだー!」

  叫びながら、四肢を広げる。

ねねね「大声出すな!このちびっこ!」

  ガバッと起き上がるアニタ

アニタ「誰よアンタ」

ねねね「私はねねね。菫川ねねねよ」

アニタ「変な名前―」

ねねね「なんだとー!」

  掴みかかろうとするねねね。手を構えるアニタ

ミシェール「まぁまぁ」

 

○3姉妹の部屋・内

  本の山が大量に、さしずめ本の山脈。

  そのなかでなんとか残っている生存スペースに、小さな机(机上にも本の山)。机を取り囲み座っている3姉妹+ねねね。

アニタ「なんで見ず知らずの人を泊めなきゃなんないのー」

ミシェール「何を言うのー。先生の本は私たちの愛読書。その作者となれば、身内も同然」

  と、お茶を運んでくるミシェール。マギーが本をアニタ側に寄せようとする。

アニタ「(足でそれを止めながら)アタシこの人の本なんか読んだこと無い!」

ミシェール「作家先生にお泊りいただくなんて、ビブリオマニアにとって光栄の極みなのに」

アニタ「アタシ、マニアなんかじゃない!」

  ねねね、すくっと立ち上がり、

ねねね「お邪魔みたいね」

  と、出口の方へ歩いていく。

ミシェール「あっ、あっ!先生!」

  ミシェール、追いかけ、腕を組んでねねねを止める。

ミシェール「お待ちください!……3姉妹会議を行います。賛成の人!」

  ミシェール、手を挙げる。マギーも。

ミシェール「反対の人!」

  アニタが両手を挙げる。

ミシェール「はい、けってーい」

アニタ「ズルい!横暴だ!」

ミシェール「(マギーと手を合わせて)民主的解決法よ?」

  嬉しそうなミシェール、マギー。ぐぐぐ、という表情のアニタ

  ねねね、やれやれといった表情。そこに、マギーが本を持って、

マギー「あの……」

ねねね「え?」

マギー「あとで本にサイン……いただけますか」

ミシェール「あ!私も私も」

ねねね「いいけど別に」

ミシェール「わぁい!」

マギー「あ、ありがとうございます」

  ミシェールとマギーが、にんまりとした顔でアニタへ向く。

アニタ「要らん!」

 

○香港・夜

  曇りの空。怪しげなネオンの光。ゴロゴロと雷の鳴る音。

 

○3姉妹の部屋・寝室

  もちろん本だらけの部屋。それぞれの場所で寝ている3姉妹。マギーは机の下(狭いところが好き)。

  二段ベッドの下で寝転がるねねね(上の段にはアニタ)。

ねねね「何やってんだろ……」

  枕元には『真夜中の解放区』。その上に、畳んだメガネ。

   ×    ×   ×

  トイレから出てくるアニタ。眠たげに二段ベッドを昇ろうとするが、ねねねがいないことに気付く。

  ミシェールの体を揺らし

アニタ「お姉、お姉。センセーのやついないよ」

ミシェール「むにゃむにゃ……むにゃ!」

マギー「!」

  パッと起きるミシェール。奥の方でギョロっと猫のように目を剥くマギー。

 

○どしゃ降りの街中

  雨が酷い。「私はこっちを」といって別方向に走るアニタミシェール。マギーは部屋で警察?に電話している。

  道路――。

  コンビニ――。

  繁華街――。

  駆けまわるアニタ。書店の前で傘も無く佇むねねねを見つける。

アニタ「そこのバカ!」

  ねねね、呆然としながら、アニタの方を向く。

アニタ「この辺は夜あぶないんだから!」

ねねね「ごめん……」

アニタ「ごめんで済むか!帰るよ、おい」

  アニタ、ねねねの腕を引っ張る。力なくうなだれたねねねの手が、『真夜中の解放区』を本を落とす。

  アニタ、ねねねの様子がおかしいと気付く。

 

○アパートの階段

  で、雨宿りがてら座り込んでいる2人。

ねねね「昔のこと思い出しちゃって……。この本書いた時の事。友達がいたんだ。本が好きで、ずっと本に埋もれてた。

アニタ「(いやそうに)お姉たちと一緒」

ねねね「アタシの書く本、好きって言ってくれて」

アニタ「物好き~!」

ねねね「(小さく笑って)でもね、ある日、いなくなっちゃった。何にも云わずに、何処かへ行っちゃった」

  アニタ、顔をうずめるねねねを見る。

ねねね「この本の感想聞いてないし。聞かないと何だか次に進めない気がして」

アニタ「……好きだったの?」

  ねねね、少しだけアニタの方に顔を向けて

ねねね「女の人だよ」

  アニタ、恥ずかしそうに頬を赤らめる。

ねねね「でもどうかな……好きっていうか、大切な人だったと思う」

アニタ「大切な人かぁ……」

ねねね「うん。本当に本が好きな人だったから、どっかの本屋にひょこっといそうな気がして」

アニタ「いいじゃん」

  よいしょ、と立ち上がるアニタ

アニタ「大切な人なんでしょ?ならそのうちまた会えるって」

ねねね「4年も音沙汰なしなのに?」

アニタ「関係ないよ。世界はそういう風に出来てんだから」

  はっとした表情のねねね。くすくすっと笑い、

ねねね「生意気だね、ちびっこ」

アニタ「そっちこそ、子供みたいに迷惑かけないでよ」

ねねね「(鼻ほじりながら)はいはい」

アニタ「(ぐぬぬ……として)いこ?お姉たち心配してるよ」

  いつの間にか雨は止んで、雲の隙間から満月の光が見える。

  ネオンのなかを歩いていく二人。もうわだかまりはなさそうだ。

 

○黒いスクリーンに「殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺」

 

○サイン会場

  厳戒態勢のサイン会場。大勢のファンたちが警備員の作るコースに並ばされている。

  特設スペースでねねねがサインをしている。が、その席は列からは遠く、厳重にボディチェックされたファンが、一人ずつ交代にその長い道のりを歩いてねねねの元へ行く。警備員達が無線で話す声。「正面入り口、現在のところ異常なし」。外にはヘリまで。

  その道のりの脇には3姉妹。

マギー「さっき、ネットで告知があったみたい。先生を襲うって」

  アニタがねねねの方を見る。

ファン「新作、頑張ってください」

  ねねね、困ったように笑う。

  時間が過ぎて行く――。

  ドサッ!となかば乱暴にねねねの前に本が置かれる。

ねねね「?私の本じゃないよ?」

怪しい男(犯人)「あぁ……俺の本だ」

  と、血色の悪い怪しげな男が胸ポケットからゆっくりとペンを引き抜き、同時に本の表紙を開く――中には爆弾!

ねねね「!」

  男がすぐさま爆弾とねねねの手首を手錠で繋げる!

  瞬時に反応する周囲の警察官。

怪しい男「動くな!動くとこいつを、爆発させるぞ」

  飛び出そうとするアニタを抑えるミシェール、マギー。呆気にとられて。

  後ずさる警察官が、背にあった本の山を崩し、本が落下。と、堰を切ったようにファンの列から悲鳴が。一斉に逃げ出すファン。

  大混乱のなか、机が倒れ、その影に刑事がスライディング。部下たちも物陰に隠れて様子を窺う。

無線の声「犯人が現れました。爆発物を持っている模様。170センチ、やせ形の男。身

元は不明」

  高らかに爆発物とそれを繋いだねねねの手首を挙げる男。醜悪な笑み。

怪しい男「武器を捨てろ!」

  男、爆弾とねねねの腕を机におろし、ねねねの手にペンを持たせる。中には鉄球が入っており、それを磁石で中央に留めている。

怪しい男「なかのボールが左右に触れたら爆発する……」

  と、磁石を外す。同時にピー、ピーと音を鳴らし始める爆弾。

  3姉妹がじりじりとその光景を見つめて、3人の顔が頷きあう。

刑事「なんだ、貴様は!」

  という刑事の声に反応し顔を向けた男。その瞬間を狙ってマギーの後ろに隠れるアニタ

怪しい男「(ニヤリと)俺は作家だ!」

  ジャケットの裏地を見せる。中には原稿用紙の束。

刑事「どういうつもりだ」

怪しい男「なんでコイツの与太話が映画にまでなって、俺の小説が読んでもらえない」

  マネージャーが刑事に耳打ち。

マネージャー「持ち込みに来ました。何か月か前に」

  その間、アニタがエルードで男とねねねの横まで進む。

  アニタ、腕の力だけで飛び出し、本の山の影に着地――パタン!とミシェールがバッグを落とす。その音で着地音がかき消される。

  怪しい男が音に反応しミシェールに銃を向ける。

ミシェール「すいません……緊張して」

怪しい男「迂闊に動くな!吹っ飛ばすぞ!」

  アニタ、本の「紙」束を操作し、小さな穴を開け、そこからねねね達の様子と、そこ

  までの距離を目測する。

刑事「馬鹿な真似はよせ!たかが小説じゃないか!」

怪しい男「たかがだと……?俺は命をかけてんだ!」

  男、胸元の原稿用紙を机に叩きつける。振動でねねねのペンが揺れる。中の鉄球が隅  

  に……ギリギリで持ちこたえる。震えるねねねの手。

怪しい男「この国で産まれて育って……すべてを犠牲にして書いて来たんだ!なのにこんな余所者の女ばっかり」

ねねね「(息をゆっくり吸い、決意の表情で)そうね。私は余所者よ」

怪しい男「!」

  緊張の面持ちで見ているアニタミシェール、マギー。

ねねね「でもワタシの小説は余所者なんかじゃない。ページを開くのが誰かなんて関係な 

 い」

怪しい男「うるさい……!」

ねねね「アンタも作家なら、作品でワタシを殺してみなさいよ!こんな爆弾なんかじゃ、

ワタシは絶対に死ねない!」

怪しい男「(気圧されて)このぉ……もう終わりだぁ!」

  男、ねねねの手を取り、ペンを振り落とす!

  アニタが飛び出し、「紙」で爆弾と手錠を繋ぐ紐を切る。

  ねねねの「え?」という表情。

  マギーがすかさず紙で傀儡を召喚、男を抑える。

  宙に浮くペン――鉄球が底に……。

  ミシェールが紙で弓を作り、射る――矢が爆弾を包み、窓の外へ。

  マギーが紙を拡散させて窓を覆う。

  カチッとペンが落ち、鉄球が底に触れ――爆発!

  爆風で建物が揺れる。ねねねを庇っているアニタ

  窓を覆った紙が剥がれて、外から光が。

マギー「(アニタに)大丈夫か?」

アニタ「どうにか。犯人は?」

マギー「そこで転がってる」

ミシェール「先生は!先生は無事?」

アニタ「そこで転がってる」

  ねねね、ハッと気づいて、起き上がる。

ねねね「アンタ達、紙が使えるの!」

アニタ「あ、うん」

  ねねねの顔、ぱぁっと明るくなり、胸のペンダントを開く。なかには「読子・リード

マン」の写真。

ねねね「この人、知らない?」

  顔を見合わせる3姉妹。

アニタ「知らない」

マギー「うん」

ミシェール「見たことありません」

  「そっか……」という表情のねねね。

   ×    ×   ×

刑事「何が起こったんだ……?」

  気を失い倒れている犯人。胸元からこぼれた原稿用紙を拾うミシェール

マギー「どうするの?」

ミシェール「せっかくだから、読んでみる」

マギー「あとで読ませて」

  少し離れところで、窓辺に佇むねねねを見るアニタ

  紙がその脇を抜けて、空に漂っていく……。

 

○空港(遠景)

  ねねねの声「まぁ、お礼は言っとくわ。助けてもらったし」

  アニタの声「お礼ならお金でちょーだい」  

  マギーの声「アニタ……」

 

○空港・ロビー

  出発のときが近い。ねねねの前にマギー、アニタミシェールはいない。

  マギーがアニタの頭を抑える。笑うねねね。

アニタ「でもミー姉どうしたんだろ」

マギー「すいません……」

ねねね「謝ることないって」

マギー「すいません……」

ねねね「(鞄を開けて)はい、これ。ミシェールさんにも」

  ねねね、マギーに二冊の本を渡す。約束のサイン本だ。

マギー「(嬉しそうに)うわぁ……か、家宝にします」

ねねね「大げさだって」

  つまんなそうにそっぽを向くアニタ。その頭にポンっと本が置かれる。

アニタ「?」

ねねね「一応アンタにも」

  アニタ、その本を要らなそうに手に取り、

アニタ「売ったらいくらになるかな」

マギー「アニタ……」

  憎まれ口に、優しい笑顔のねねね。

 

○飛び立つ飛行機

 

○空港・ロビー

  アニタが本を開いている。中にはサイン。「菫川ねねね Thank you!」

  小さく笑うアニタ

  そこにミシェールが駆け寄ってくる。

アニタ「何してたの。アイツもう行っちゃったよ」

  息を整えるミシェール

ミシェール「(呼吸が乱れて)筆跡が……二つ。あの小説、合作なの」

マギー「姉さん……?」

ミシェール「作者がもう一人いるの!」

アニタ「!」

 

○夕焼け空を飛ぶ飛行機

乗務員の悲鳴「キャア!」

 

○飛行機・内

  座ったねねねに銃を突き付けている男。さっきの男によく似ている。

  驚く乗客たち。

犯人・兄「(乗客に銃を向けて)動くな。座ってろ」

  再びねねねに向かって、

犯人・兄「弟が世話になったな」

ねねね「アンタら狂ってるわ。どうしてその情熱を作品に向けないの」

犯人・兄「向けてるさ。そこからこぼれたやつが俺達を突き動かすんだ」

  銃でねねねの胸を触り、

犯人・兄「それとももう枯れ果てたか……?ククッ」

  犯人、邪悪に笑う。

怒りの表情のねねね、FUCKサイン。

犯人がすぐさま銃口を向けるが、ねねねはFUCKの中指を銃口に突き刺す。

ねねね「一緒にしないで。アンタ達は小説ごっこにもだえてる人間のクズよ」

犯人・兄「うるさぁい!」

  犯人、距離を取り、銃口をねねねに……と、何かに気付く。

犯人・兄「?……うぁぁ……」

  窓からドンドンドン!とノック音。

  ねねねが振り向く。窓にアニタが張り付いている。

犯人・兄「うわぁ!」

  ズドン!と発砲。銃弾が窓を貫きアニタの胸へ。

ねねね「アニタ!」

  アニタが離れて行く――飛行機から紙で出来た巨鳥が離れる。混乱した犯人が窓に乱

  射。

  気圧異常。機内の電源が落ちて天井から一斉に酸素呼吸器が。大きく揺れる機体。

犯人・兄「うわぁ!」

  乗客たちも混乱。

 

○紙の巨鳥・内

  アニタが戻って来る。

  ミシェールが毛布で抱きしめ、酸素ボンベを当てる。

アニタ「(苦しそうに)だめ……入れない」

ミシェール「マギーちゃん、前に」

マギー「(頷く)」

  巨鳥が飛行機の前方へ。

 

○飛行機・コックピット

  ビー!ビー!異常を知らせる音が鳴るコックピット。電気系統チェックをしている機

長たち。

機長「後ろで何が起きてる!」

パイロット「前を!」

機長「!……鳥?」

  旋回して目の前から接近してくる巨鳥。ギリギリのすれ違いざまに紙の球体が発射さ

れる。

球体がコックピットのガラスを割り、中からアニタが。球体の紙はそのままガラスの

穴を抑える。

紙を鋭い刃物にして、扉を切り裂くアニタ

素早く犯人に突進して行く。

犯人がアニタに気付き、銃を向け――一瞬で銃身が切り裂かれる!

跳躍したアニタの回転蹴り。吹き飛ばされる犯人。

アニタ、紙を飛ばして窓の穴を塞ぐ。

束の間の安定。

唖然としているねねね。

アニタ「生きてる?」

  ねねね、アニタに掴みかかり

ねねね「何しに来たのよちびっこ!危ないじゃないの!」

アニタ「(ムッとして)そういう言い方あるー?命の恩人に」

  ねねねの怒りの表情、ゆるんで。それを見たアニタがにんまりと

アニタ「まぁでも、御相子かな」

  腹からサイン本を取り出す。銃弾がめり込んでいる。

アニタ「次からはもっと厚い本にしてよー。ワタシ防御系は苦手なんだから」

  間。そして掴み合い。

ねねね「うるっさいちびっこ!」

アニタ「イテテテテテ」

  と、再び機体が大きく揺れる!エンジンが爆発!

ねねね「墜落!」

アニタ「大丈夫!お姉たちがいる!」

 

○高度が下がっていく飛行機

  の、下から巨鳥が回り込み、紙に分解。飛行機ごと包み込む。

   ×   ×   ×

マギー「姉さん……重いっ!」

ミシェール「軽く、するわっ!」

  ミシェールの放った紙の鎖刃が飛行機の翼を切り裂く。

  翼が海に落下!大きな水柱を立てる。

  飛行機を包んだ紙が再び巨鳥になって、高度を上げて行く。

  羽田が見えてきた!

 

羽田空港

  飛行機の異常を知った人々がロビーに集まっている。その中には出迎えの李さんも。

???「929号便の消息は未だ不明ですが、みなさんで無事を祈りましょう!こちらが

御利益のある壺です」

子供「あれなにー?」

  窓に駆け寄る人々。李、思わずペンを落とす。

  発着路にギリギリで辿り着く巨鳥。

  紙がみるみる剥がれて行き、機体が露わに。

  そのままスライディングしていく機体。

  次第にゆっくりになり……李さんの目の前の窓に、コツン。

   ×   ×   ×

  消防車が機体の周りに集まってくる。

  機体の上で寝転がるミシェールとマギー。

ミシェール「マギーちゃん。神保町って行ったこと無いでしょ」

マギー「うん」

ミシェール「セカイで一番本がある街なんだって。後で行ってみましょ」

   ×   ×   ×

  窓から外を眺めるねねねとアニタ

ねねね「どーすんのよコレ」

アニタ「(鼻をほじりながら)知―らない。アンタちゃちゃっと言い訳考えてよ。得意でしょ

ー」

  ガシッ!とアニタの頭を掴む。

ねねね「こんなバカ騒ぎ誰が考えるか!ボツだボツ。リアリティがなさすぎる!」

アニタ「ひっどーい。この恩知らず!」

ねねね「御相子っつったじゃない!」

  そんな喧噪のなか、たくさんの紙が舞っている……。

ドラマ『おかしの家』の石井裕也について


[新ドラマ]主演オダギリジョー 若手監督・石井裕也が送る小さいけれど、暖かな物語『おかしの家』10/21(水)スタート【TBS】

たぶんサークルの内部雑誌に載るやつだけど、なんだか勿体ないのでブログにも載せます。

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 ある人物、ある集団、ある空間にとって決定的な変節の瞬間を、そのまま「瞬間」としてとらえずに、秒や分といった明確な区切りのないたわんだ持続のなかで、そのまま決定的なものとしてとらえる。そうして境界線を失った時間はそのまま映像の語る物語の外側へ、直接に接続してしまう。『おかしの家』はそんな種類の時間を丹念にとらえている。

 2015年の9月から年末にかけてTBS系深夜枠で放送された『おかしの家』。演出、監督を担当したのは映画『舟を編む』や『バンクーバーの朝日』、『ぼくたちの家族』などで知られる石井裕也である。思えば上述の3作においても、同じ傾向はあった。

たとえば『舟を編む』は、うだつの上がらない青年が辞書編集者としての道を定め、様々な人との出会いと永遠の別れを経験しながら数年がかりで辞書を完成させる、という物語だ。しかし時を経るなかで産まれ変形しつづける言葉を扱う以上、辞書に完成という終わりはあり得ない。これから出会うであろう無数の言葉たちを象徴するように、無数の白い光りを乱反射する海面を見つめる主人公とその妻の背中を映すラストショット。

戦前のカナダ・バンクーバーの日本人街に実在した野球チーム「バンクーバー朝日」を描いた『バンクーバーの朝日』。「朝日」の青年たちは体格の全く違う白人チームに対抗するため、驚くほどに画面映えのしない(しかし強烈に『映像映え』のする)「バントと盗塁」というプレースタイルをとる。その粘り強い戦術は人種の違いと差別を乗り越えてカナダリーグ内で賞賛を勝ち取っていく。だが本国の真珠湾攻撃により、日本人街に住まう人々はみな収容所へと送られることとなる。家と仕事と生活を接収され、兵隊に誘導されていく人々。その一方向の流れは、オープニングで映されるカナダに向けて海を渡る移民船の姿と重なる。流れに逆らい一瞬出来たよどみのなかで再会を約束する「朝日」の青年二人。画面は暗転し、残酷な「その後」が語られて、観る者の生きる現在に接続する。

舟を編む』と『バンクーバーの朝日』、そしてあらすじでは全く伝わらない魅力ある細部と演技に溢れた『ぼくたちの家族』において共通しているのは、はじまりの無さと終わりの無さ、である。主題となる事件や事象は映画がはじまった時から既にはじまっており、中心人物とカメラの視点はそこに合流するだけだ。辞書作り、移民、戦争、病、家族関係。開幕以前からそれは始まっており、そして閉幕以後も終わらない。時の流れのなかの一つの事件を切り取りながら、その切り取り線はあまりに曖昧なのだ。そしてその切り取り線の曖昧さという趣向は、シナリオの次元だけではなく、演出つまり映像の処理や俳優の粘り強い演技にも現れている。例えば『舟を編む』の主人公は焦点の定まらない背景のなかにかねてから存在し、『バンクーバーの朝日』において「朝日」の逆転はバントという次に繋げる戦術によって決定づけられ、『ぼくたちの家族』で事態を好転させるのは実ははじめから何も変わることのないある意味でドラマ性の薄い人物の行為や言動なのだ。これらすべては瞬間ではなく経過のなかでとらえられ、そしてその「決定的な経過」そのものの重要性に鑑賞者自らが気付くその時だけが「決定的な瞬間」となる。

そんな作品群の後に石井裕也が手掛けたのは『おかしの家』。東京の下町を舞台にした連続ドラマだ。

お婆ちゃん(八千草薫)から受け継いだ月の純利益3万円の駄菓子屋「さくらや」を経営する33歳の主人公「桜井太郎(オダギリジョー)」と、脚本家志望で33歳のニート「三枝(勝地涼)」、営業で精神を病み退職した32歳の後輩「剛(前野朋哉)」、そして客の来ない銭湯を経営する54歳の男「嶋さん(嶋田久作)」。社会からこぼれ落ち時代に取り残された彼らは、毎日をさくらやの裏庭で駄菓子を食べて駄弁りながら過ごしている。そこにシングルマザーとして帰郷した主人公たちの同級生「木村礼子(尾野真千子)」が合流するところから、物語は始まる。

IT業界で成功をおさめた友達の訪問を恐れたり、奇行の目立った同級生を思い出しその奇行の原因や彼女に対して行った自分達の行為について知り後悔し、「ギリシャ、いじめ、食品偽装、大気汚染、原発、テロ、シリア」という無暗に大きな問題について考え一瞬で挫折したりしながら、優しいお婆ちゃんに見守られたその空間は、段々と終わりに近づいていく。そんな優しい空間である「さくらや」の美術は、『舟を編む』のカビ臭そうな辞書編集部や主人公の住む古いアパート、そして『バンクーバーの朝日』では日本人街の巨大なオープンセットを創造した美術監督、原田満生による仕事である。いずれも時間の経過そのものを閉じ込めたような、主題を補強する圧倒的な舞台装置だ。

そして「素敵な時間は、いずれ終わる」というキャッチコピーが示す通り、楽園的なさくらやの空間と、オープニングで映される晴れた日の隅田川のようにゆっくりと流れる時間、その全てがそれ自身を終わらせる準備のためにある。時代に取り残されたような時間の流れは、全て脱臼した決定的な瞬間なのだ。

ある人物の行動、挫折。それに影響された他の人物の行動と結果。その結果がまた皆に影響して、さくらやの裏の空間は段々と変化し、そんな変化を優しく見守るお婆ちゃん自身も変化していく。だが、明確な変節は数々あれど、それは点ではなくどこか間延びした線のもとで現れる。「素敵な時間」にも終わりはくる。しかし最終回、最後の数分の主人公の行動は、キャッチコピーそのものを少しだけくつがえすものでもある。

このドラマはオリンピックを控えて何らか多くのものを失いそうな東京への小さな抵抗であり、哀歌であり、同時にそのなかで生きる人々への応援のようでもある。劇中、お婆ちゃんが頻繁に口にする「無理しないでね」という台詞と、EDに流れるRCサクセション『空がまた暗くなる』の「大人だろう。勇気を出せよ」という詞が、互いに反発せずに混ざり合いながら共存する、そんな「素敵な時間」をここに発見することが出来る。そしてその時間は、ドラマの外側へと繋がれているのだ。

足立正生監督の『断食芸人』を見た


足立正生監督×フランツ・カフカ!映画『断食芸人』予告編

 宇都宮の商店街にふらふらと現れ、そのままシャッターの前に座り込んだ一人の男。何も語らず何も食わずただそこに座り続けるその男は、次第に「断食芸人」として通行人やマスコミに注目され、謎の集団の興行に利用されていく。彼自身は何も語らないまま、したがって一度として「断食芸人」を自称することのないまま。

 見どころや論点は大量にあると思うのだけど、一つ考えるべきだなと思ったのは「私的な言葉」と「公的な言葉」について。この二つの区別について僕がはっきり意識したのは、他ならぬこの映画にも出演している詩人、吉増剛造の本を読んだときだった。そこで吉増剛造は何かを伝える言葉というものを手紙に書かれるような私的な言葉とそれ以外を区別していたと思う。大量の割註が入り込む異様な詩の形についても、吉増剛造は「メディアとの闘い」と語っていた。

 吉増剛造はたとえばこの映画の原作者であるカフカの筆跡にも注目していたりする。また詩を書く際には紙の質感にこだわり、そして筆触についてはパウル・クレーの描く線までも意識していると言っている。しかしその意識は既成のフォントで印刷された書物として流通する時には、いくらか捨象されてしまうものだ。我々の手に届く書物はその「書」のぬけがらで、本当の凄みは書かれる瞬間や詠まれる瞬間にしかないんじゃないだろうか、とときどき思う。

 そんな吉増剛造の詩の凄みの一端は、たぶんこの映画に本人役で登場する吉増自身の朗読を聴き見ることで、触れることが出来る。突然「断食芸人」の前に現れた吉増剛造は座り込み、紙をひろげてインクをそこにポタポタと垂らす。カーン、カーンとトンカチを地面に打ち付け、紐でつないだ石をくわえて朗読する。そういった、あたかも詩の言葉がなめらかに流通してしまうのを遮るように、わざと自分の声と言葉に異音で「ひび」を入れる方法は、吉増剛造の独自だろう。そしてその様子は見ていてマジで怖かった。

 「言葉の流通」というのは、上映後のトークショーでの僕のざっくりとした質問「吉増さんの出演の理由は?」への答えにも繋がる問題だ。監督は「虚実まじったメディアの言葉が氾濫する時代でも、詩人の言葉だけは信用に足るという風潮が世界にはまだある。だから吉増剛造に頼んだ。カフカ魯迅が重大なモチーフになると言ったら快諾してくれて、勉強会をやりましょうとも言っていた(記憶が元なのでどこか間違ってるかも)」。男の行為に注目したのはSNSにハマる少年や野次馬的な群衆であり、「断食芸人」というラベルを貼ったのはTVのメディアや興行師たちである。そして大量の群衆にどれだけ追求されても、男は一言も発しない。そうして浮ついた言葉だけがひたすらに流通し、男の行為の目的に辿り着くことはないまま、あるいは目的があるのかないのか、あったとしても大層なものなのか矮小なものなのかはわからないままに、男の最初で最後の言葉とある行動が結末に待つ。その最後の言葉はある人物一人に向けられた私的な言葉だ。徹底的な公的な言葉の流通というものへの抵抗が、この映画には一貫してあると思う。

 ただこれには矛盾がたしかにあって、それは映画というのは根源的に公的で流通しなければならない「メディア」だということだ。でもそれでいいと思うし、そうあるべきだと思う。吉増が公的でしかあり得ない言語に私的な「ひび」を入れるように、公的でしかあり得ない映画に私的な「ひび」を入れること。そんな私的にひび割れたものが公的に流通することで文化は多様になって、最終的に制度的になりがちな公的なものをひっくり返すことになるのかも。そういった「ひび」の痕跡は、例えば普段見ていて凄みを感じるアニメやTV番組にでも見出せそうだ。

最近見た映画、あと朝吹真理子朗読会


映画『蜃気楼の舟』予告編

『蜃気楼の舟』

ホームレスに住居を与えるかわりに生活保護費を巻き上げる「囲い屋」の青年を主人公とした映画。

主人公は搾取する対象であるホームレスのなかにかつて失踪した父親を見つける。その父親を演じるのがダンサー・舞踏家の田中泯。背中を曲げて地面ばかり見ているようなホームレスたちのなかで、脳天から踵まで鉄棒に貫かれているような姿勢の田中泯。終盤のシーンで砂浜の急坂を降りるときも、田中の背中はその延長線上に地核があるとわかるような真っ直ぐさ。誰も搾取せず、誰からも搾取されない、経済を旨とする社会に存在していないようでしかし異様な存在感を放つこの役を演じるのは、浮遊する霊体のように踊りながらそう在るために必要な筋骨の存在を強烈に意識させるというパラドックスを秘めた肉体を持つ田中泯でなければならない。

あと「囲い屋」を演じるいわゆる「DQN」な若者達の言葉や行為の渇いた暴力性が、モノクロとカラーを往復する不思議な映像世界に合っていたのが面白かった。

 

『同級生』

BL漫画原作のアニメ映画。エロいし凄いし最高。男子校出身者としては合唱練習のシーンのやる気のない低音ボイスが教室に響くところで辛い日々を思い出して、辛い。でも全体的にとても良かった。

 

『SYNCHRONIZER』

シネ砦の試写会プレゼントに当選して見に行った映画。万田監督の映画は見た事がなかったけど滅茶苦茶面白かった。動物や他人と脳をシンクロナイズさせたらどうなるかというSF的な発想から、段々と映像でしか出来ない仕方でタブーへ踏み込んでいく。その手並みが圧倒的。

おまけで付いてきた制作中のドキュメンタリー映像も楽しかった。本読みやリハーサルで監督は俳優の全身を映画のためにビッシビシに調教するわけだけど、それは「締め付ける」調教ではなくその人に元々あるものを「引き出す」調教なんだな、と納得。

 

『X-ミッション』

予告が滅茶苦茶おもしろそうでかなり期待して見に行った。

元エクストリームYouTuberのFBI捜査官見習いがクレイジーネイチャージモン集団に潜入し何やかんやあったのちに自然と一体になる。

目覚めよ。

 

朝吹真理子朗読会』

表参道の「本の場所」というスペースで行われた朝吹真理子さんの朗読会。左に木仏、右に山水画、背には武者絵というかなりの古美術空間で、水の注がれた金のお椀を持った朝吹真理子が朗読する。読まれたのは新潮で連載中の『TIMELESS』と芥川賞受賞の『きことわ』、そして朝吹さんが好きな本の一節。色々なるほど~ということはあったのだけど、一つは朗読でわかる「文体」のこと。朝吹さんの小説には所々古語っぽい言い回しがあってそれは例えば「USBメモリ」というような現代的な言葉と並べ置かれる。それが全くわざとらしくなく、むしろ流れるように読めてしまう。『TIMELESS』には「泥(なず)んだ」とか「降りおつ」というような今は頻繁には使われない動詞や活用がある。書いたテキストは必ず自分で声に出して韻律を調整するという朝吹さん自身の朗読で聴くと、そんな言い回しに確固とした必然性があるとハッキリわかる。文体を作るっていうのはそういう自分だけの必然性を作ることなんだなぁ、という納得があった。

3DIMAXで『ザ・ウォーク』を見た。


映画『ザ・ウォーク』予告2 2016年1月23日(土)公開

主人公のフランス人の大道芸人フィリップ・プティワールド・トレード・センターのツインタワーにワイヤーをかけ、その上で綱渡りする。ただそれだけ、言ってしまえば本当にそれだけの映画なのだけど、沢山の尋常でないことが起こっている、気がした。

男が英雄になる、ただそれだけの話じゃない。

NYを一望できる自由の女神像の上から、スクリーンを見上げる観客に語りかけるジョゼフ・ゴードン=レヴィット演じるフィリップ。フランスに産まれ、サーカスに惹かれ、大道芸を志し、綱渡りに取り憑かれ、やがてツインタワーという夢の「舞台」を見つけ、たくさんの仲間を取り込みながらその夢を達成するまでを、情感たっぷりに語っていく。その語りは「ナレーション」というより「プレゼンテーション」。ストーリーのための「語り」ではなく、スクリーン上で演じられる全てを「見(魅)せる」ための「語り」。演目を高々と謳いあげるサーカス団長のように、見世物をより魅せるために、フィリップはそこに立っているように見えた。

そうしてプレゼンテーションされる映像は確かに圧倒的だった。

綱渡りという芸術にすべてを捧げるフィリップの周りに仲間が集まり、前代未聞の挑戦に協力しそれを準備する過程、あるいはたった一人の男の夢または狂気の渦に巻き込まれていく過程は、ゼメキス演出による強靭なトルクで進行していく。

そしてなんといってもクライマックス。ツインタワーでの綱渡り。

感動したというだけでなく、スリリングというだけでなく、何か不思議な感慨を抱いたのは、このクライマックスの映像が、単にフィリップの夢の達成というストーリー上の意味だけを持っているようには思えなかったからだと思う。フィリップは劇中、ことあるごとに綱渡りを「芸術」と称してきた。そして究極の「芸術」はツインタワーでついに果たされる。地上からそれを眺める観衆の記憶にその姿を焼き付けることで、フィリップの数分間の「芸術」は完成する。そしてその「芸術」の完成を、映画の観客は「見世物」として見ている。

これは映画であり、映画は元来「見世物」である。しかし(映画自体が「芸術」でもあり得るし)、「芸術」的行為をニセモノとしてでも再現しうる。

この映画で描かれるツインタワーはすべてデジタルで作りあげられた虚像で、フィリップは実際にそのロープの上を渡っているわけじゃない。そんなことは誰でもわかっている。しかし、それでも、とにかく肝の冷える映像体験だった。「すべてがデジタル、すべてがニセモノだとわかっていても」、僕の肝はここで冷える。ここで映画の最先端を見据えつづけたゼメキスによる技術的達成が示されたように思う。現在の映像技術に可能な最高級の見世物を見せつけられた気分だ。

そしてもう一つ。この映画のなかで再現されるフィリップの「芸術」が何をなしたか、ということ。綱渡りという「芸術」はツインタワーを端的な「舞台」に変える。今の時点から見て、ツインタワーという建造物が観客に想起させるものは何だろう。少なくとも僕にとってそれは、グローバル経済、テロ、イラク戦争のきっかけだ。資本主義、政治、戦争、ナショナリズムなど、種々のイデオロギーが詰まった箱だ。しかし、フィリップの「芸術」はツインタワーをそういったイデオロギーのすべてから解放する。数分間の手に汗握る綱渡りの映像を見ている間、そのツインタワーはロープの端と端を固定する巨大な柱、そしてフィリップにとってのこれ以上ない「舞台」でしかない。

場の属性を変える綱渡りという芸術。その芸術をスリリングに魅せる見世物としての映像。「見世物を芸術と騙る男の物語を語る見世物としての映像をプレゼンテーションする男の映画」という入れ子仕掛け。

そうしてストーリーの顛末を語り終えた自由の女神像の上のフィリップは、切なげな表情でフェードアウトし、背景のデジタルNYだけがスクリーンに残る。ツインタワーという夢の跡がまだ残っているニセモノのNY。画面はだんだんと暗転していくが、ツインタワーだけは最後の瞬間まで灯篭のような灯りを放ち、そして消えていく。この素朴な幕引きによって、この映画は倒壊とそれにまつわる悲劇の数々、という大仰な語りから逃れているように思う。フィリップという一市民、その場所に特別な想いを持った個人の哀悼、「夢の跡地がもうない」という個人の落胆、個人の寂しさを表現しているように見えた。

映画は、舞台となるその場所に宿っているはずの歴史的事件性の圧力やイデオロギーの吸引力を逃れて、「フィリップの物語」として終える。劇中語られる通り、綱渡りにおいては最後の数歩、緊張がゆるむ一瞬に死神がいる。ゼメキスもまた、物語を別方向に雪崩れさせる最後の死神を回避して、綱渡りを成功させたのだろう。